2001年10月1日更新


乾研図書

乾研図書の紹介

最近読んで面白かった本,以前に読んで印象に残っている本を乾研書架からピックアップ.新しいコメントから順に並べてあります.コメントはいずれも筆者(乾)の独断によるものです.むやみに信用しないでください.


国正武重.湾岸戦争という転回点/動顛する日本政治.岩波書店.
97年,98年の橋本内閣,小渕内閣が進めた自衛隊海外派遣,新ガイドライン,周辺事態法の整備.その背景を元朝日新聞政治記者が湾岸戦争へ の日本の対応の顛末に求める.アメリカのテロ事件を受けて勇ましい論議がますます声高になる中,再度この本を読んでみた.湾岸戦争時まだ高くて越えられな いと多くが考えていたハードル(防波堤)を,それからわずか10年しか経たない今日,いとも簡単に越えてさらに遠くまで行こうとしている.10年前の論調 とのギャップに愕然となる.
村上春樹.アンダーグラウンド.講談社文庫.
地下鉄サリン事件 ― 事件の酷さと事件後被害者に向けられた社会の冷たさを被害者へのインタビューで綴る.
船戸与一.蝦夷地別件.新潮文庫.
18世紀末,国外の圧力に抵抗できる「国」づくりを画す執権松平定信が権謀術数の限りをつくして蝦夷地とアイヌを自らの「国」に併合していく 過程を描く.文庫本で1,500頁にわたる長編だが,「砂のクロニクル」に比べるとどうしても胸に差し迫るリアリティが足りない.同時代性が見えにくいた めかとも思った.しかし,そういった思いは,背筋が寒くなるようなラスト200頁ですべて吹き飛んだ.いろいろ考えてしまった.
広瀬隆.燃料電池が世界を変える: エネルギー革命最前線.NHK出版.
これほど希望にあふれる広瀬氏の著述を私はこれまで見たことがない.マイクロガスタービンと燃料電池,びっくりするほど知らないことばかり だった.
ジョエル・プリンクリー.デジタルテレビ日米戦争.アスキー.
邦訳版の副題は「国家と業界のエゴが『世界標準』を生む構図」.NHK技研が開発したハイビジョンの技術がアメリカの経済ナショナリズムに飲 み込まれるところから物語は始まる.技術と産業と政治が衝突し合い,利用し合うエゴ向き出しの舞台裏をいやになるほど克明に描いたドキュメント.ピューリ ツア賞を含む数々の報道賞を獲得している著者はニューヨーク・タイムスの報道記者.他の著書も読んでみたいところだけど,邦訳はないみたい? 
佐野眞一.だれが「本」を殺すのか.プレジデント社.
読者の活字離れ,出版社→取次→書店からなる業界の沈滞,巨大な電子化の波.「本」をとりまく問題の本質を丁寧な取材によって明らかにしてい く.知らなかったことばかりで,刺激的だった.電子図書館や電子出版に関する論考は,自分の研究分野との関係も深く勉強になった.著者自身の意見や感想を 前面に押し出す記述が多いのがちょっと...という感じはしたけれど.海外の事情はどうなのだろうか?
シムソン・ガーフィンケル.暴走するプライバシー:テクノロジーが「暴き屋」の武器になる日.ソフトバンク.
「プライバシーとは,男性が匿名でインターネットでポルノを見ることではない.むしろ有害なごみ集積場建設に反対する女性が,地域住民の会を インターネットで組織したいと思いつつ,あまり騒ぎ立てると建設推進派の投資家に過去をほじくり返されやしないか,などと怯えることと関係がある」 「プライバシーとは,運転手がハイウェーでスピードを出しすぎ,コンピュータ化されたスピードトラップにひっかかって自動的にチケットを切られ,送りつけ られることではない.むしろ恋人と街を歩いたり,店に入ったりしても,行く先々で監視カメラが気になってデートを楽しめないことと関係がある」(本書より 抜粋)...対話ログ,ユーザモデル,ユーザ適応といった概念と深い関係がある情報技術,その研究に携わる者として,考えさせられる話が多かった.
船戸与一.砂のクロニクル.新潮文庫.
すごい!
船戸与一.虹の谷の五月.集英社.
こんな小説は初めて.どうにも言葉にしようのない,やりきれない気持ちが残る.舞台はフィリピンセブ島の98年,99年,2000年5月.ま さにたった今のストーリーだということに愕然とさせられる.一流のルポでもおそらく伝えきれない現実が詰まっているのかもしれない.
帚木蓬生.賞の棺.新潮文庫.
ノーベル賞をめぐる医学界のスキャンダルを描く.曲りなりにも研究に身を置く者として興味を刺激される部分もあったが,「善者」と「悪者」が あまりにもはっきりしていて,平板な感じがした.第二次大戦中のドイツを描いた同著「ヒトラーの防具」(新潮文庫),「空山」(講談社)も同様の感想. 「逃亡」「十二年目の映像」「閉鎖病棟」などが良かっただけに,ちょっと残念だ.
吉村昭.遠い幻想.文春文庫.
田原総一朗.日本の戦争.小学館.
「なぜ日本はあの戦争に突入していったのか」をテーマに,明治政府の富国強兵政策から始まって対米戦争に敗れるまでをたどった論考.自身の強 い現実主義に基づく判断なのか時おり危うい発言も織りまぜながら,マスメディアで政治談義に気を吐く著者.その言動はどのような政治観,歴史観に根ざして いるのか.それを知りたくて本書を手にとった.日本のまずさを殊更に糾弾するだけでなく,ましてやそれを糊塗したり,他に責任転嫁するのでもない.すこし 広い角度からバランスよく当時の状況を分析しようする姿勢は見られた.板垣退助が政争を目的に自由民権を叫ぶ.政友会が与党民政党を叩くだけのために軍と 組んで自ら政党政治を放棄する.勝つ見込みのない対米戦開戦の是非を議論する段になっても,天皇は皇室の存亡を,海軍は予算獲得の省益を物差しにして意思 決定する.現代もなおそうした村社会の力学がリアルなだけに,やりきれない.なお,「昭和天皇独白録」や「木戸幸一日記」の内容は戦争責任が天皇に及ぶこ とを避けようとした木戸らの画策に基づく側面が強い,との学説もある.そのことに触れずに「独白録」や「日記」をもとに天皇の政治的判断を議論している点 には疑問が残った.秦郁彦を始めとする多くの「専門家」にインタビューしているが,この人選ははたして良かったのか.
佐藤雅彦,竹中平蔵.経済ってそういうことだったのか会議.日本経済新聞社.
売り込みの言葉通りにわかりやすくて,おもしろかったが,「本当かなぁ」と思うことも少くなかった.竹中平蔵は専門家だからとも思うが,佐藤 雅彦の聰明さには驚いた.
ジョン・L・カスティ.ケンブリッジ・クインテット.新潮社.
帚木蓬生.ヒトラーの防具.新潮文庫.
主人公があまりに聰明であまりに理想的な人物として描かれていて,他の作品に比べるとインパクトに欠ける.
村上龍.『希望の国のエクソダス』取材ノート.文藝春秋.
村上龍.希望の国のエクソダス.文藝春秋.
帚木蓬生.臓器農場.新潮文庫.
脳死と臓器移植をめぐる医学サスペンス.この難しい問題に心を留める格好の書.精神科医の著者の優しい視線は,同著「閉鎖病棟」「十二年目の 映像」「三たびの海峡」「逃亡」(新潮文庫)にも溢れている.どの作品もオススメ.
帚木蓬生.閉鎖病棟.新潮文庫.
帚木蓬生.十二年目の映像.新潮文庫.
魚住昭.渡邉恒雄/メディアと権力.講談社.
吉村昭.朱の丸御用船.文春文庫.
細野真宏.経済のニュースが面白いほどわかる本.中経出版.
帚木蓬生.三たびの海峡.新潮文庫.
戦争中,幼くして韓国から連れ出され,日本の炭坑で強制労働させられたある韓国人から見た日本を描く.舞台はN市.現代のN市市長になったあ る人物を激しく糾弾しているが,これは直方市あるいは中間市をモデルとしてのことか.
ダニエル・デネット.心はどこにあるか.草思社.
宮沢喜一,中曽根康弘.憲法大論争 改憲VS.護憲.朝日文庫.
「護憲,護憲」と唱えてきた宮沢という人は,言行が一致していないように見える.
帚木蓬生.逃亡.新潮文庫.
ハルバースタム.メディアの権力(全4巻).朝日文庫.
強大な権力を持つに至ったマスメディアの歴史と功罪をアメリカCBS,Time,ワシントンポスト,ロスアンジェルスタイムズを舞台に描く. これまで読んだノンフィクションの中で一番おもしろかったと思えるくらい.視点,描写,構成,迫力,どれをとっても読み手を唸らせるばかり.乾研図書の中 では,同様のスタンスのメディア論に,魚住昭「渡邉恒雄/メディアと権力」(講談社),川崎泰資「NHKと政治」(朝日文庫),三輪裕範「ニューヨークタ イムズ物語」(中公新書)などがある.
筑紫哲也.メディアと権力.新潮社.
鎌田慧.家族が自殺に追い込まれるとき.講談社.
三輪裕範.ニューヨークタイムズ物語.中公新書.
戸川伊佐武作,さいとうたかお画.歴史劇画 大宰相(全10巻).講談社α文庫.
戸川伊佐武の著名な作品「小説吉田学校」の劇画化.自民党バンザイの著者が書いたのだから,保守政党が築いてきた日本の戦後・現代史に対し て,当然ながら批判的視点はまったくない.紙面のほとんどは,政治家の権力争いの無批判な描写に費やされている.ただ,そういうことを差し引けば,戦後史 の流れを大雑把に復習するのには悪くない.
吉村昭.史実を歩く.文春新書.
筑紫哲也,C・W・ニコル,宮本政於.他人の問題 自分の問題.講談社.
石川真澄.人物戦後史.岩波書店.
石川真澄はやっぱりすばらしい.
川崎泰資.NHKと政治.朝日文庫.
NHKのヤバさがよくわかる.ますます受信料の支払いを拒否したくなる.
松下竜一.ありふれた老い.作品社.
吉村昭.メロンと鳩.文春文庫.
鎌田慧.ドキュメント 屠場.岩波新書.
中山恒,中山典子.間違いだらけの少年H/銃後生活史の研究と手引き.勁草書房.
吉村昭.関東大震災.文春文庫.
国正武重.湾岸戦争という転換点/動顛する日本政治.岩波書店.
鎌田慧.ドキュメント この地で生きる.筑摩書房.
鎌田慧.アジア絶望工場.講談社文庫.
妹尾河童.少年H(上下).講談社.
吉村昭.孤独な噴水.文春文庫.
サラ・E・オルソン.たくさんの私からひとりの私へ.翔泳社.
小林よしのり・田原総一朗(対論).戦争論争戦.ぶんか社.
小林よしのり.戦争論.幻冬舎.
「新しい歴史教科書を作る会」の広告塔とも言える著者は,歴史事実を故意に捻じ曲げ「国に誇りを持て」と盛んに喧伝する.勇ましい議論が勢い づき,改憲の危険なムードが強まる今,本書のようなプロパガンダをあえて読み,小林よしのり・田原総一朗(対論)「戦争論争戦」(ぶんか社)や大日方純夫 他「君たちは戦争で死ねるか/小林よしのり『戦争論』批判」(大月書店)などとの読み比べを各個人がやってみることが大切なように思う.なお,吉本隆明 「私の『戦争論』」(ぶんか社)は何だか論点がよくわからず,とってもイマイチだった.
吉村昭.陸奥爆沈.新潮文庫.
難波功士.『撃ちてし止まむ』太平洋戦争と広告の技術者たち.講談社選書メチエ.
松下竜一.豆腐屋の四季.講談社文庫.
松下竜一.ルイズ 父に貰いし名は.講談社文庫.
松下竜一.怒りて言う、逃亡には非ず.河出文庫.
吉村昭.神々の沈黙.文春文庫.
吉村昭.冷い夏,暑い夏.文春文庫.
油井大三郎.日米戦争観の相剋:摩擦の深層心理.岩波書店.
山本作兵衛.筑豊炭鉱物語.葦書房.
九工大の所在地,筑豊からも一冊.筑豊と言えば,炭鉱.閉山後40年の今も,その歴史の跡はこの地に色濃く残る.本書は,炭鉱夫だった著者が その体験を余さず綴った絵巻物.森崎和江「奈落の神々/炭鉱労働精神史」(平凡社ライブラリー)と併せて読みたいところ.
最相葉月.絶対音感.小学館.
音を聴いて音名を正確に当てることができる.絶対音感はそういう知覚能力のことを指す.著者は,この絶対音感というキーワードを出発点に,プ ロの演奏者,指揮者,音楽教師,知覚メカニズムの研究者など,各界の多数の著名人からインタビューをとる.絶対音感は2,3歳の幼い頃から訓練すれば,多 くの人が身につけられるという.日本では,そのための英才教育熱が高いため,絶対音感を有する人の割合が欧米に比べ極端に高い.本書が語るのは,絶対音感 教育の歴史的背景と功罪,絶対音感の負の面までをも練習によって克服していくプロの強さと柔軟性,そして絶対音感と「耳がよい」こととは別物であること. これらの底に流れるのは,素晴らしい音楽がなぜ人を感動させるのかという問いである.後半になって話題が少し発散することもあって,専門家には浅薄な議論 に見えるのかもしれない.が,少なくとも,音楽の素養のない私には新鮮な発見が多かった.
古山高麗雄.真吾の恋人.新潮社.
下級兵士として第二次大戦のビルマ戦線に従軍した著者が戦前,戦中,戦後を回想して綴ったエッセイ集.とくに印象に残っているのは「にせ故 郷」と「過去」の2本.著者は植民地朝鮮半島に奥深くに建設された日本人街で育った.戦後50年経ったいまも,北朝鮮の鎖国政策のためにその街を訪れるこ とが事実上不可能な状態が続いている.もちろん当時の日本人はおろか,建物さえも残っていない.それでもそこは著者にとっての故郷であるのか.八方手を尽 くしてその街を訪問しようとするが,結局街の入り口で追い返される顛末を通して,著者の故郷への想いが語られる.どの作品にも「今にいたる戦後史」がある ように思う.単なる戦争体験記とは違う何かを感じるのはそのためかもしれない.
松下竜一.狼煙を見よ/東アジア反日武装戦線「狼」部隊.講談社文庫.
70年全共闘以降,学生運動は急速に下火になった.「狼」はそうした反体制運動のいわば「残党」たちが組織した小さな小さな武装集団である. ベトナム戦争につぎ込む兵器をせっせと生産しつづける企業への抗議行動として,三菱重工丸の内本社ビルに手製の爆弾を仕掛けるが,設計ミスで大勢の通行人 に重軽傷を与えてしまう.死者8人.1974年のことである.「浅間山荘事件」など,きな臭い事件が続いていた当時,世間はこの事件を「過激派による残虐 な犯罪」と受け止めた.無関係の人間を巻き込んだこの事件は,現在も多発する無差別テロと同様,言い逃れのできない犯罪である.でも,だからといって「残 虐な犯罪」と断罪すれば済むという問題では決してないことを本書は教えてくれたように思う.彼らは何を思い,どうしてそういった行動に出たのか.彼らがが 自らを捨てて日本社会に突きつけた問いは,このまま歴史のなかに風化していくしかないのだろうか.

東野真.昭和天皇二つの「独白録」.日本放送出版協会.
昨年(1997年)NHKスペシャルで放映されたドキュメントの書き下ろし.戦後占領期に作成された昭和天皇の「独白録」が東京裁判での天皇 不訴追をもくろんだ「弁明の書」であったことを裏付ける豊富な取材過程が描かれている.「独白録=弁明書」という説はすでに多くの研究者によって指摘され ているが,本書は取材を通して新たに明らかになった事実に基づいてこの説をさらに裏付けたことになる.鶴の一声で戦争を終結させられるほどの権力を握って いた天皇がなぜ開戦を阻止することができなかった,あるいは阻止しようとしなかったのか? 東京裁判で焦点となったこの天皇戦争責任問題に対し,「独白 録」と今回新たに発見された「独白録の英語訳」では,天皇の平和主義者像と開戦が「不可抗力」であったことが強調されている.天皇不追訴は日米双方にとっ て短期的には最適の選択であったのかもしれない.が,戦後50余年を過ぎた現在の社会に重い課題を残しつづけていることも確かである.
ヘレナ・クローニン: 性選択と利他行動 ― クジャクとアリの進化論
生物・論考
著者は,リチャード・ドーキンスと同様,ダーウィニズムの継承者.本書は,従来の自然選択説ではうまく説明できなかった二つの問題に迫る.一つはクジャ ク.クジャクのオスは,なぜ生存にはマイナスとも思える大きくて派手な尾を身につけるようになったのか? 著者はこれをメスによるオスの選択,すなわち 「性選択」として説明する.もう一つはアリ.アリはなぜ自己を犠牲にして働いているように見えるのか? 様々な種に見られる利他的行動もやはり広い意味で の「選択」という概念で説明される.結局「選択原理は遺伝子に働く」とするドーキンスの仮説と一致するということか.内容はかなり忘れてしまったが,長く て専門的な内容の割には,わかりやすい記述で読みやすく,面白かった.
有田芳生: 原理運動と若者たち
社会・ルポ
「原理」という名で知られる「統一教会」.オウムの陰に隠れて,すっかり話題に上らなくなった.が,今も信者たちの勧誘活動は続いている.「原理研サーク ル」が今も存在する大学は少なくないはず.九工大はどうなのだろう? 船橋在住のころ,JR船橋駅の改札を出ると,たいてい何人か統一教会信者の姿が見え た.勧誘のために物色するように通行人を観察しているので,すぐにそれとわかる.マスコミによる統一教会非難がおさまってしばらくしてから,再び活動が活 発になったように見える.何年か前に実家に「北海道の珍味」売りが来た.大学生くらいの年恰好の女性に「歌を歌うから何とか買ってほしい」と懇願されて, 母は3袋千円を1口買ったという.厳しいノルマを課され,ほとんど食うや食わずで行商に出ることを強いられる若い信者たち.詐欺の手引きもさせられるとい うが,彼らは加害者である以上に被害者でもある.帰宅途中,駅の改札を出たところで信者に呼び止められることが何度もあった.「○○サークルのものですが アンケートにご協力願えませんか?」あるいは「手相の勉強をしているのですが,..」が勧誘の決り文句.「原理でしょ?」と聞くと否定するが,「統 一教会でしょ?」と聞くと否定はしない.「え?あなたもやっていたんですか?」と,仲間を見つけた嬉しさを隠さずに問い返してくる信者も多かった.「教団 の金儲けのために利用されているだけなんだから,できるだけ早くやめた方が良いと思うが」という意味のことを話すが,当然のことながら話し合いはいつも平 行線.彼らの信念を変えるのはそんなに簡単なことではない.そうとわかっていても,やはりやりきれない気持ちが残る.顔に見覚えのある信者につかまってい る通行人を見かけると,「これは統一教会の勧誘活動ですから,連絡先などは教えないようにした方が良いですよ」と言ってでしゃばることにしている.
径書房編: 「ちびくろサンボ」絶版を考える
社会・文化・論考
子供たちから親しまれてきた童話「ちびくろサンボ」が「黒人差別図書」だと非難され,絶版に追いこまれた.読む側にとっては,「ちびくろサンボ」が黒人差 別に当たるなどとは夢にも思っていなかっただろう.単純に,童話として卓抜したストーリー展開を楽しんだだけのはずだ.が,トラのなすがままの臆病な「サ ンボ」,挿絵の「サンボ」の真っ黒な肌と真っ赤なぶ厚い唇,「サンボ」が隠語として持つ意味等々,被差別側の視点に立てば,話は単純ではない.そういった ことに対する感覚の鈍さはそれ自体,無知に根ざした罪だとも思う.一方,これでは「言葉狩り」でないか,と訴える人もいる.本書は,様々な立場の人々への インタビューを通じ,この奥の深い問題について考える材料を我々に提供してくれる.
ダニエル・キース: 24人のビリー・ミリガン
心理・ルポ
24の独立した人格を持つ一人のアメリカ人の苦悩を追ったノンフィクション.スラブ語を話す男,少年,少女,強姦魔.弱い人格,強い人格.人格ごとに意識 も知識も記憶もまったく違う.どの人格がいつ顕在化するかもわからない.人格が潜在化するとき,その人格に記憶は残らない.が,やがて一部の人格どうしが 心の中で会話をすることさえできるようになっていく.不思議で悲しい話.
フアン・ゴイティソーロ: サラエヴォ・ノート
国際・ルポ
20万人の死者を出し,ホープレスそしてエンドレスとも思われたユーゴ内戦.本書は,その最中にこの地を訪れた著者がその悲惨さを世界に伝えた話題のル ポ.民族主義はなぜこうも簡単に利用されてしまうのか.自分の心の奥にも民族主義は潜んでいるのか.そもそも民族主義とは何か.ユーゴ内戦については,当 時の為政者たちの確執を追った数時間にわたるBBCのドキュメントが印象に残っている.もっと知りたい.
田原総一朗: 巨大な落日 ― 大蔵官僚,敗走の八百五十日
政治・行政・経済・ルポ
財政改革,不良債権処理,金融自由化,そして大蔵改革.本書の中でインタビューに答える当事者たちの話と当時のマスコミの報道や専門家の論調の隔たりがあ まりにも大きいことに改めて驚かされた.今や世論そのものと言ってよいマスコミ.政治化も官僚も敵はマスコミだと言う.マスコミは大衆の意見を代弁しな い,大衆の意見を作るのだと言われる.真実かもしれないが,だからと言ってマスコミに責任転嫁するだけでは問題解決にならない.本書の焦点はマスコミ論で はない.あくまで自民党対大蔵省,マスコミ対大蔵省,そして「敗走」した大蔵省の現在である.が,一番考えさせられたのは,今起こっているドラマを我々は どのような態度で観ればよいのかということだった.
吉田裕 他: 敗戦前後 ― 昭和天皇と五人の指導者
現代史・政治・論考
近江文麿,昭和天皇,幣原喜重郎,片山哲,服部卓四郎,吉田茂.戦後日本を方向づけることになる敗戦と戦後処理の時代にある意味で決定的な役割を果たした これら6名の人物を取り上げ,その思想と行動を問う.彼らが日本再生を目指して行動したとき,何を選んで,何を捨ててしまったのか.捨てられてしまったも のの中に現在も未解決の戦争責任問題の根源があるように見える.
ガリー・トーブス: 常温核融合スキャンダル ― 迷走科学の顛末
社会・科学・ルポ
超高温のプラズマ状態を必要とするはずだった核融合が常温で起こった! 誰もいない実験室で突然起こった小さな爆発の跡を見て,研究者たちはそう考えた. 本当は何ひとつ証拠が無かったはずなのに,「世紀の大発見」ということになり,全世界が注目する「世紀の記者会見」へと発展する.世界中の科学者が追試を 試みて失敗を続けるのを尻目に,「常温核融合が実際に起こった」という話だけが一人歩きし,巨大な国家プロジェクトへと暴走していく.なぜこんな馬鹿げた ことが起こったのか? 本書はそれを丹念に追う.決して「対岸の火事」ではない.
辻美佐子: 無窮花(ムグンファ)を知らなかった頃 ― 回想・わが心の木浦(モッポ)
現代史・随筆
「ムグンファ」は韓国語.日本語では「むくげ」.韓国の国花だという.朝鮮半島を植民地にした日本は,半島中のムグンファを根絶やしにするという恐ろしい ことをやった.著者の家族は日本の殖民政策に乗って大陸に渡る.そして,日本政府が韓国の農家から強制的に取り上げた広大な農地をもらい受け,大地主とし て農業を営む.そこには,両国民のわずかながらの温かなふれあいと紛れもない冷酷な差別があった.本書は,そうした時代を日本人少女として生きた著者の回 想.戦前日本は朝鮮半島で何をしたか? 愚かなことに,私は「韓国併合」というあいまいな言葉以外にほとんど何も知らないということさえ自覚していなかっ た.
幸田文: 木
随筆
「木」にちなんだ数編のエッセイ.内容もさることながら,著者ならではのやわらかな言葉遣いが心地よい.とくに印象に残っているのは「藤」の話.「子供に 植木でも買ってやれ」と父幸田露伴から財布を渡された著者は幼い娘を連れて縁日の植木市に行く.娘が選んだのは,見るからに値がはりそうな背丈の高い藤の 鉢.もちろん娘は値段のことなど知らない.著者はそれを笑って受け流し,別の鉢を薦める.後でその顛末を聞いた露伴はみるみる不機嫌になり,こう言う. 「市で一番の花を選んだとは,花を見るたしかな目をもっていたからのこと,なぜその確かな目に応じてやらなかったのか」 「藤がバカ値というが,いったい 何を物差しにして,価値をきめているのか,多少値の張る買い物であったにせよ,その藤をこの子の心の養いにしてやろうと,なぜ思わないのか,その藤をきっ かけに,どの花をもいとおしむことを教えてやれば,それはその子一生の心のうるおい,女一代の目の楽しみにもなろう...」(本書より抜粋) 
城山三郎: 落日燃ゆ
現代史・小説
東京裁判で死刑になったA級戦犯15名の一人,広田弘毅の生涯を追ったノンフィクション.小説風に仕立てられたストーリー展開で,読者を飽きさせない.広 田弘毅は日中が全面戦争に突入していくときに外交官を勤め,日米開戦後,首相にもなっている.広田弘毅については評価が真っ二つに分かれるようだ.外交官 として日中戦争を食い止めるべく努力したが,時代の流れを変えられなかったとする評価が一つ.本書はこの立場.一方,軍部に迎合し,むしろ積極的に戦争を 推進したとする評価もあり,むしろこちらの方が一般的.どちらが真相なのか私には判断する由もないが,いずれにせよ本書は当時の軍部,内閣,外務省の関係 を映画のように生き生きと我々に見せてくれる.
本田勝一: 日本環境報告
環境・ルポ
政府の貧しい林業政策の結果,日本中どこに行っても里山はスギの林ばかりになってしまった.スギは根が浅く,葉も大量には落とさないので,地表の腐葉土を 育てない.杉の単色林になる前の,混合樹林はそうでなかった.ブナの混合林には豊かな腐葉土に豊かな水が蓄えられる.スギの単色林では地表が水を蓄えられ ないので,土砂崩れが起こる.水不足が起こる.林業政策の失敗で森に人の手が入らなくなり,間引きもしないので,木が育たない.下草も育たない.虫が育た ないので,鳥も育たない.そして土地がやせていく.そこらぢゅうの山でそんなことが起こっている.こんな簡単なことを高校を卒業するまで誰も教えてくれな かった.そういう目で見ると,確かにどの里山の緑もパッチワークのようなへんてこな模様になっている.紅葉のシーズンはとくにさびしい.そんなことさえ大 学に入るまで気づかなかった.
広瀬隆: 赤い楯
産業・国際・歴史・論考
「ロートシルト」という銘柄の高級フランスワインがある.「赤い楯」という意味のこの名前を英語読みすると「ロスチャイルド」になる.本書は,現在も世界 の金融・産業に大きな影響力を持つと言われる巨大コングロマリット「ロスチャイルド財閥」について,その起こりから現代に至るまでを追ったもの.ロンドン の金融で,ドイツの鉄道で,フランスの農業で大資本を築いたロスチャイルド財閥.彼らがインド,香港,南アフリカをどのように支配し,どのように儲けた か? アメリカ進出とモルガン財閥との関係は? といったことが読み物調で延々と描かれている.ダイヤモンドのデビアス,食品最王手のネッスル,原子力の コジェマ,証券最王手のメリルリンチ,金融投機のジョージ・ソロスといった現代の我々に身近な名前も次々に登場する.著者の特徴は,一見別々に見える事件 をそこに介在した人間どうしの「繋がり」を通して関連づけようとする点.「繋がり」のもっとも基本的な形はいわゆる「閨閥」.本書にも膨大な数の重要人物 を載せた系図が何十枚も出てくる.本書には,著者の推定と思われることが断定的に述べられている箇所も少なくない.全面的に信用するのは危険かもし れない.が,それでも著者の視点には共感するところが多い.世の中の動きをこんな風に見る見方があったのかと,強烈な刺激を受けた.ロスチャイルド家はユ ダヤ人である.現代の金融界にユダヤファミリーが興した企業は少なくない.それをもって「ユダヤ人陰謀説」をせっせと説く中傷本も本屋には数多く積まれて いる.が,本書はそういう類の本ではない.しかし,ロスチャイルド財閥の繁栄を称える本でも決してない.現在の金融自由化,国際標準化の流れと関連付けて 言えば,本書は「『市場』というものを今のように絶対視・神聖視していって本当に良いのか」を問うていることになるのだと思う.数年前に香港に立ち寄った ときのこと.街で一番の目抜き通りの名前に目がとまった.「ネイサン・ロード」.ロンドンの金融で巨大な富を築き,ロスチャイルド財閥を実質的に興した人 物の名前が「ネイサン・ロスチャイルド」である.
吉田和男: 日本の国家予算
行政・経済・解説
中央と地方の財政を合わせると国の借金は国民一人あたり400万円.なぜ,無駄とも思えるところにそれでもカネをつぎ込みつづけるのか.行政と並行して, 財政も「特別会計」という縦割り方式になっていること.地方行財政のジレンマ.そういった財政面からの行政の問題をわかりやすく教えてくれる.とても勉強 になった.
田中勝也: サンカ研究
民族・歴史・論考
「サンカ」とは古来から山で暮らし,定住生活をしない山の民の呼び名.「山窩」という字を当てる人もいる.明治時代にはまだそういった人たちが全国に沢山 いたとのこと.白土三平の「カムイ伝」にもそういった山の民が何度も登場する.彼らは住居を持たず,モンゴルの遊牧民族のようにテントのような簡易型の小 屋で寝る.川で水を浴び,洗濯し,飯を炊く.「ミツクリ(箕作)」と呼ばれる職人の集団で,簑や籠を作って農家に売り歩いて生計を立てていた.昭和の作家 で,「サンカ民俗学」を切り開いた三角寛と一緒に写っているサンカの少女の写真が印象に残っている.昭和30年とか40年ごろの写真だったと思う.そのこ ろまで,まだこういった文化を継承している人々がいたのだ.
柴谷篤弘 槌田篤: エントロピーとエコロジー再考 ― 生態系の循環回路
環境・論考
「植物の養分は窒素,リン酸,カリ」と高校時代によく飲みに行った友達の家の親父が教えてくれた.これらはイオンとなって水中に溶ける.水は必ず上から下 に流れるから,山のてっ辺から絶えず養分が下の方に流れることになる.では,なぜ山のてっ辺は禿げないのか.答えは「鳥」である.環境・エネルギー問題に 独特の考え方を持つ槌田篤の話は,全面的に信じてよいのかよくわからないところもあるが,はっとすること,共感することが多い.
大下英治: 知られざる渥美清
文化・ルポ
どんなにワンパターンだといわれても「男はつらいよ」は好きな映画の一つ.渥美清が少年時代に見よう見真似で覚えたテキ屋の啖呵.映画で必ず出てくるあの 啖呵の調子が大きな魅力.本書は,渥美清の少年時代から,ストリップ小屋での長い下積み時代を経て,ガンを隠して最後の映画を撮り終えて亡くなるまでを 追ったドキュメント.「寅さん」のキャラクターからはちょっと想像できない,ストイックなまでの努力家芸人渥美清に心を打たれた.
吉村昭: 漂流
歴史・小説
日本の最南端は南鳥島.鳥島はその隣りの島に違いない.アホウドリが毎年大量に渡ってくる(きた?)ので「鳥島」と名づけられたとのこと.江戸時代,この 孤島(もちろん無人島)に漂着した漁師がそこで10年以上のサバイバルの末,とうとう日本本土に帰りつくという事件が実際にあったそうで,本書はそれを 追ったドキュメント.島にはアホウドリいくらでもいるので,最初はそれを食べていれば良かった.でも,季節が過ぎるとアホウドリは渡っていってしまう.そ れを学習した翌年からは,アホウドリを大量に保存する方法を考える.そうするうちに,仲間がおかしな病気で次々に倒れる.主人公は肉ばかり食べる「偏食」 が原因ではないかと考える... 実話とはとても思えないストーリー展開で,一気に読めた.そういえば,太平洋戦争とそれに続く米軍基地建設でアホウドリ がほとんどいなくなったというドキュメント番組を見たことがあるが,あれは鳥島のことだったろうか?
石飛仁 他: 花岡事件
現代史・論考
戦時中,国内の労働力不足を補うため,4万人もの中国人が国内に連行され炭坑や工場で強制労働させられた.4万人のうち7千人が死んだという数字もあるく らいだから,どれくらいひどい仕打ちだったかおぼろげながら想像できる.花岡事件はそんな中で起こった中国人強制労働者の武装蜂起事件.この事件が無かっ たら,強制労働の事実も闇の中に消えていただろうとのこと.相手は鹿島建設.進まない戦後補償問題の一端がここにもうかがえる.
立石泰則: 復讐する神話 松下幸之助の昭和史
現代史・産業・ルポ
小さな家内工場から巨大メーカーを築きあげた松下幸之助を追ったルポ.ただし,著名人の伝記によく見られるようなサクセスストーリーではない.「経営の神 様」と言われた彼は晩年,コンピュータ産業からの撤退という誰もが首をひねる悪手を打つ.コンピュータ産業の将来性を見極められなかったトップ.それに従 わざるを得なかった企業.原因はおぼろげながら想像できるが,本書はその輪郭と内側を鮮明に見せてくれる.PHP文庫でお馴染みのPHP運動.そのコトの 起こりと運動の経過に触れた部分も興味深かった.PHPは,peace and happiness through prosperity(繁栄を持って平和と幸福を)という意味とのこと.まさに経済最優先の高度成長時代を象徴する思想だと思う.
ペレツ・ラヴィー: 20章で探る睡眠の不思議
科学・解説
レム睡眠とは何か? 何のためにあるのか? 動物も夢を見るのか? 夢の役割は? といったことが豊富な例とともにとてもわかりやすく書かれている.簡単 に読めるし,おもしろかった.レム睡眠のレムはrapid eye movementのREMだとのこと.約90分サイクルで周期的にレム睡眠は現れ,たいていこのときに夢を見る.寝始めたころの夢はその日に起こったこと の回想といった「現実的」な夢が多く,サイクルを重ねるたびにだんだん昔の回想や突飛なストーリーの夢が多くなってくる.起きたときに覚えている夢はこの 最後に見た夢なのだそうだ.レム睡眠は動物にも見られる.
鎌田慧: ルポ戦後日本 50年の現場
現代史・ルポ
敗戦から高度成長への流れの中で幸福だったとは決して言えない人生を送ってきた様々な人々を取材したルポ.著者の目線はいつも「殺される側」の高さにあ る.飯塚に来て,炭坑のことについてもっと知りたいと思っていたが,その意味でも「炭都・夕張100年の夢」という章は印象深い.沖縄海洋博の10年後, 現地はどんなことになってしまったか,を追ったルポも印象に残る.
菅孝行 他: 全学連
現代史・政治・社会・解説
60年安保から70年全共闘までの反体制運動,学生運動についてもっと知りたいと思う.本書は戦前から70年全共闘その後にいたるまでの学生運動の流れを 反体制側の視点からとてもわかりやすく教えてくれる.個々の事件についての深い記述はないが,学生運動の歴史についてよく知らない人には良い入門書.ペー ジの半分以上がイラストなので,すぐに読める.
吉村昭: 冬の鷹
歴史・小説
著者は好きな作家の一人.江戸時代の学者前野良沢が苦労に苦労を重ねてオランダ語の医学書を翻訳する.タイトルは「解体新書」.しかし,「解体新書」で実 際に名を売ったのは杉田玄白.どのような経緯でそうなったのか? 売名に関心を示さず,地道な努力で偉大な仕事をやりとげた学究肌の前野良沢に対する著者 の目は温かい.
吉田裕: 昭和天皇の終戦史
現代史・政治・論考
著者は,この分野ではおそらく比較的若手でありながら,すばらしい仕事を積み重ねている著名な研究者.本書は,「昭和天皇独白録」を中心とした様々な資料 から,昭和天皇の戦争責任に迫る.「国体護持」を至上命題とする宮中と天皇制を占領政策遂行のための道具と考えるGHQとの政治的駆け引きと裏工作.これ に関する事実関係の理解は,現在の(象徴)天皇制について考える上で基本中の基本だと思う.
グルード: フラミンゴの微笑
生物・論考
進化論のお話.専門知識を全く持たない一般読者向けのエッセイなので,読みやすい.グルードのエッセイは残念ながら本書しか読んでいないが,他にもいろい ろ書いているようで,いつか読みんでみたい.進化の話はドーキンスの「利己的な遺伝子」を読んで以来,興味を持った.進化を支配すると考えられている「自 然選択」は,「種」のレベルで作用するように見えるのは実は二次的な結果に過ぎなくて,本当は「遺伝子」のレベルで作用しているのだ,という話.ただ, 「利己的な遺伝子」は人に借りて読んだ本なので,書架にはない.代わりに最近出版された「遺伝子の川」という本がある.こちらはまだ読んでいない.
鎌田慧: 六ヶ所村の記録 核燃料サイクル基地の素顔
産業・現代史・行政・ルポ
今年になってついに六ヶ所村への核廃棄物搬入が始まった.本州最北端,下北半島.水の豊かな静かな農村だった六ヶ所村が30年もの「開発」の波にさらさ れ,ついには核廃棄物最終処分場になっていく.本書はその過程を克明に追ったドキュメント.開発側はどんな手練手管でやってくるのか.農家はなぜ土地を手 放していくのか.自治体は何をしたか.それを本書は教えてくれる.バブル後の不況の現在でなく,まだ公害問題が深刻化する前の高度成長時代の真っ只中にす でに本書のような視点で物事の推移を見つめていた鎌田慧という人は偉大な人だと思う.
松下竜一: 風成の女たち ある漁村の闘い
産業・現代史・行政・ルポ
松下竜一の本は今のところ本書と「狼煙を見よ」の2冊しか読んでいないが,2冊とも電車の中で読みながら目頭が熱くなった.もちろん,本を読んでいてそう いう感情になることは滅多にない.風成(かざなし)は大分県臼杵市にある小さな漁村.工場誘致による開発の計画がこの漁村を襲ったのは1969年.セメン ト工場の誘致である.誘致側の行政と企業,反対側の地元住民の間で激しい闘いが繰り広げられる.風成の場合は最終的に住民が勝った.まれな例である.六ヶ 所村の開発,苫東や川辺川のダム,原発,最近テレビでよく見る産廃施設.同じことが今も延々と繰り返されている.漁村「風成」はいまどうなっているだろう か.一度訪ねてみたい.
三浦陽一: 吉田茂とサンフランシスコ講和
現代史・論考
著者は岐阜大の留学生センターで非常勤をしながら,この本を書いたとのこと.これまで読んだこの手の昭和史の本の中で本書が一番面白かった.終戦とともに 始まった冷戦のもと,日本を再軍備して西側に組み込もうとするアメリカの思惑に対し,首相吉田茂は実はいくつもカードを持っていたにもかかわらず,それを 使わずやみくもにアメリカの要求を受け入れる形で講和を結んだ.この選択が戦後の日本の方向を決定づける.その辺の過程や背景がとてもわかりやすく書かれ ていて,眠くならずに一気に読めた.後に吉田自身がマスコミに語った話とはずいぶん違うようだ.安保改定を強行した岸内閣,沖縄施政権返還を「核抜き本土 なみ」と強弁した佐藤内閣.日本は切れるカードを本当に持っていなかったのだろうか?
杉山隆男: 兵士に聞け
政治・社会・ルポ
著者は「メディアの攻防」という面白いルポを書いた人.全国各地のさまざまな自衛隊職員にインタビューして,自衛隊員たちの仕事ってどんなものか,彼らは どんなことを考えながら仕事をしてるのか,悩みは,といったことを具体例で紹介してくれる.「自衛隊員」を「兵士」ときっぱり言いきって,かつ彼らの中に 入っていって中身を知りたいと考えた著者の視点に共感できる.いつ来るかわからない「敵」に備えて来る日も来る日も訓練をするというのが基本的な仕事.た だ,多くの隊員はそこにはなかなか生きがいを見つけられなくて,災害救助に一番生きがいを感じるという.飯塚の飲み屋で会った自衛隊のおにいちゃんも同じ ことを言っていた.阪神大震災のときのように,自衛隊は災害が起こってもすぐには出動できない.シビリアンコントロールの原則のもとに出動には煩雑な手続 きが要るためだ.だとしたら,「災害救助」を「軍隊」から完全に切り離して,「災害救助隊」を創設すればよいと思うが,そうするとますます自衛隊の存在理 由が小さくなって,困る人が沢山出てくるのだろう.
塩野七生: 海の都の物語 ヴェネツィア共和国の一千年
歴史・論考
中世の海洋国家「ヴェネツィア」の繁栄から衰退までの歴史.地中海に面した干潟に巨大な杭を大量に打ち込む文字通りの地盤作りから国家建設を始めたベネチ ア人は,その後実にうまい政治形態を作り上げ,巧みな外交と海運ビジネス,戦争で繁栄を手に入れる.プラグマティズムに徹するベネチアの政治と交易のやり 方から学べることも多いのではないかと思ったりした.ベネチアには一度だけ行ったことがあるが,どうせなら本書を読んだ後に行きたかった.同著「コンスタ ンティノープルの陥落」も面白ろかった.
城山三郎: 男子の本懐
現代史・政治・小説
著者の代表作.満州事変から「満州国」建設へと日中戦争に向かって日本が加速していった時代.本書は,その満州事変の2年前に成立した浜口雄幸内閣を描 く.第一次世界大戦後,欧米 各国は金輸出解禁を実施し金本位制に復帰したが,日本は関東大震災や金融恐慌の影響でそれができずにいた.財政・金融のプロ 井上準之助を蔵相に据えた浜口内閣は,強力な緊縮財政によって外貨準備を補充し,金解禁を強行する.財政緊縮のねらいは増長しつづける軍部を財政面から抑 えつけるというねらいもあった.浜口内閣は金解禁と並行して,ロンドン海軍軍縮条約調印も実現させる.浜口と井上は右翼からの反発を予想していたので,こ れらの政策実現は死を覚悟してのことである.不幸にもその予想は的中し,二人とも右翼の銃弾に倒れる.さて,金解禁政策は間違いだったとする見方が強い. 不運なことに金解禁と同時に世界恐慌が起こり,金本位制に戻った日本経済はその影響をもろに受けてしまったからである.この恐慌から日本を救ったとされる 人物が高橋是清.彼がとった政策は大量の国債発行と低金利による景気刺激策だった.現在の政府の政策とまったく同じである.確かに高橋蔵相の政策に よって景気は回復していく.しかし,同時に国の借金は膨らみ,軍予算の膨張にも歯止めが利かなくなる.高橋自身はこの後五一五事件で倒れたので,自らの財 政膨張政策の後始末はしていない.「平成の高橋是清」などと言われた宮沢喜一蔵相はどうしようと考えているだろうか.
アル・アレツハウザー: ザ・ハウス・オブ・ノムラ
産業・ルポ
日本の証券業界を支配してきた「ガリバー」野村證券.本書は,小さな両替商から出発し,市場への支配力が最高潮に達するバブル崩壊直前までの軌跡を描く. その後次々と明るみに出た証券不祥事は野村と証券業界が抱える構造的問題であった.そのことを本書は時代に先んじて鋭く指摘している.
松本清張: 昭和史発掘
現代史・論考
あれだけの推理小説を書き名を成しながら,全く別の分野で,しかも地道な調査と取材を必要とするこの分野でこれだけの本を書いた著者の精力に驚くほかな い.「本がわかりにくいのは物事を難しく書いた著者が悪いのだ」と言いきるだけあって,とてもわかりやすい.推理小説を読むような感覚.ただし,全部で 13巻あって,ひたすら長い.話は,田中義一内閣の辺りから二二六事件のその後辺りまで.その間に起こった様々な事件について背景や人物間のつながりなど を詳細に追う.五一五事件と二二六事件は背景も首謀者もそこに働いた政治力学も全て違っていたなど,知らなかったことばかり.当時の世相や戦争にのめり込 んでいった背景が少しは実感できるようになった.日本昭和史を研究しているアメリカ人教授に飛行機でたまたま隣り合わせた.いろいろ話をするうちに本書の 話になった.その教授に言わせると,「彼はすばらしいけど,あくまでアマチュアだ」とのこと.しかし,我々のようなアマチュアの読者にはとても心強い味方 である.

乾健太郎のページへ